[180度の転職]
酒蔵巡りの1番は「元祖」四国霊場1番札所霊山寺のお向かいにたたずむ『本家松浦酒造場』。 このあたりは大麻地区といい、警察署の前で音読みで大きな声で読むのがはばかられる名前ですが、実は「オオアサ」と読み、もともとは阿波忌部一族の興した郷です。水路が集まる町として昔から吉野川上流からの米や産物の集積地でした。松浦家も酒造を手がける前(江戸中期まで)は、水路を巡る舟の運送業をしていたということです。(もとはといえばなんと戦国時代の九州の水軍に祖を遡るらしい。)このあたりは阿讃山脈からの水とこの豊富な物資とで酒や味噌・醤油等の醸造業者が集まっていましたが、今はお酒はここ一軒になってしまいました。昔から鳴門は特産品のワカメの他に渦を巻くほど激しい潮流にもまれて育った鯛が名物。蔵の名前と真っ赤な鯛のマークはここからもらっています。 10代目蔵元の松浦素子(まつうらもとこ)さんは女性社長。学校を卒業して就職したのは徳島に本社をおくIT企業「ジャス●システム」。ここを天職と定めていたが、東京便の飛行機の中で偶然会った兄(先代9代目蔵元)の話に啓発され、人生の転機とばかり、酒造りの実家に帰ったということです。その後、研究者肌である9代目のお兄さんは、醸造技術を開発する会社を設立し、蔵の方は妹に任せて「うまいことにげた(妹談)」らしい(笑)。 実家の仕事ではあったが、子供のころはスチュワーデス(今でいうとCA)になりたかったというくらい、女子である自分が継ぐことはまったく想定していなかったので、まだまだ酒造りの奥深さは勉強中で、社員さん達と杜氏である弟さんの助けで頑張っています・・・ということ。 今までお世話になってる地元の人にも、まだ日本酒を知らない海外の方にも理解してもらえる酒を造りたい。酒蔵にぜひ遊びに来てほしい・・・と、夢見る心は乙女のポリシー(すいません。言い過ぎました。笑)であります。
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「蔵の白壁沿いに歩くと立派な門構えの玄関がある。」
蔵の白壁沿いに歩くと立派な門構えの玄関がある。
「お兄さんのあとを継いだ10代目蔵元松浦素子さん。」
お兄さんのあとを継いだ10代目蔵元松浦素子さん。
「蔵と阿讃山脈の峰々。見えている範囲、すべて自社の酒蔵と親戚の醤油蔵である。」
蔵と阿讃山脈の峰々。見えている範囲、すべて自社の酒蔵と親戚の醤油蔵である。
「蔵の屋根の梁に今も残る滑車。古すぎていつのものやらわからない。」
蔵の屋根の梁に今も残る滑車。古すぎていつのものやらわからない。
「蔵の敷地内の居宅の床の間に飾られている「鳴門鯛」の掛け軸。」
蔵の敷地内の居宅の床の間に飾られている「鳴門鯛」の掛け軸。
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